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私が早期退職した理由をまとめてみた!

マツです。
私は今から4年前の平成26年に、54歳で34年間勤めたIT関連会社を早期退職しました。振返って、早期退職を決めた理由をまとめてみることにしました。様々な事情により、早期退職を考えている方の少しでも参考になればと思います。

私が早期退職した理由

 

私が早期退職をした主な理由は次の4つでした。

■母親の介護が必要になった。

■会社が吸収合併されて、将来の見通しが厳しくなった。

■そんなにお金が必要でなくなった。

■割増金として、年収の2年分が支給される。

母親の介護

やはりこの中で一番は介護の問題でした。私は2人兄弟ですが、2歳年上の姉は、近所に既に嫁いでいます。母は10年程前に夫を亡くし、一人暮らしをしていました。年齢も80歳を越えていましたが、それなりに元気でした。私も年に数回は、母を訪ねて実家へ行き、美味しい物を食べさせたり、洋服を買ってあげたりしていました。ところが、ある時、外出中に階段を踏み外して転倒してしまい立ち上がることがてきずに救急車で病院に運ばれました。

診断結果は、腰椎圧迫骨折となり、そのまま病院に入院になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後2ケ月程は、病院のベッドに寝たきりの状態でした。このままどうなるのかと心配しましたが、寝たきり状態よりは回復し、車椅子での移動が可能となったことから、リハビリ病院へ転院して更に2ケ月程リハビリを続けました。また、腰椎圧迫骨折だけではなく、認知症も発症していることが分かりました。入院中から部屋にへびがいるがとか、ねこがいる、人がいるなどの幻視症状がでていました。ただ認知症といってもアルツハイマーではなく、レビー小体型認知症という比較的新しく発見された認知症です。完治した訳ではないですが、退院させられて、自宅に戻ることになりました。普通に歩けないので、自宅のあちこちに手すりを付けたり、お風呂に介護用の椅子、手すりを付けたりの改装工事を行いました。

外にも出れないし、料理も作れないので、ヘルパーさんが毎日来て、買い物、夕食造り、2回/週程度の入浴の介助をして貰ったりしてました。近くに姉が住んでいるので、時々は来てもらっていますが、嫁ぎ先の家事もあるので、しょっちゅうはこれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、認知症と言ってもアルツハイマーではないので物忘れが酷くないですが、一人暮らしをさせておくのは厳しいと考え、施設へ入って貰うほうが良いと思い、施設へ入ることを勧めたのですが、本人はいやだと言うし、仙台の私の家に同居するのもいやだというので頭を抱えてしまいました。また、悪いことは続くもので、かみさんの母親(義母)が自宅の階段から転落して、腰椎圧迫骨折となり、病院に入院することになりました。かみさんの方は、両親共健在ですが遠隔地に住んでおり、義父は87歳義母も83歳と高齢です。かみさんもしばらくは、実家にいなければなりません。そんなこんなで、ダブル介護が必要となった為、介護休暇を取る選択肢もあったのですが、期間限定なので、思い切って早期退職することにきめました。私はしばらくは実母と同居し、面倒をみることに、かみさんは義母の面倒をみることになりました。

会社の合併による組織の大幅変更

 

元々私が勤務していたIT会社は、コンピュータのハードウェア関連のサービスをメインに提供していました。1970年代よりメインフレームと呼ばれる汎用コンピュータが、銀行、自治体、学校、民間企業に次々に納入されて行きました。価格も数億円~数十億円もしていたので右肩上がりに売上が伸びると共に利益も急拡大していきました。

しかし、そんな時代は長く続かず、特にバブルが弾けると各企業もITに掛ける費用を抑えるようになって行きました。また、それまでは独自のメインフレーム、独自ソフトだったのですがCSS(クライアントサーバーシステム)と呼ばれる格安のシステムが出現し、今までメインフレームがどんどん置き換わっていきました。OS(オペレーティングシステム)には汎用性の高いWINDOWSの採用が主流となり、価格も大幅に下落しました。その為、ハードウェアでは、メインフレーム時代と同じような利益を出す事は難しくなりましたね。従いまして、私が勤務していた会社も、当然これまでの業績の大幅な右肩上がり状態から、伸びが鈍化していったのです。従ってハードウェアから業務ソフト、運用ソフト、監視ソフト等のソフト関連事業へのシフトを模索するようになっていきました。

 

 

PCなんてどこのメーカーでも同じですよね。薄利多売しないと利益が出せないですよね。国産メーカーはPC製造からはほとんど撤退しました。dell、hp、lenovoぐらいに最終的には集約されるでしょう。ただ、サーバについては、基幹業務用などでは信頼性が求められる事もあり自社製造を継続していますね。そして、納入する業務ソフトとセットで販売しています。そして私が勤務していた会社は業務ソフトの開発・構築をメインとする同じグループのIT企業と合併することになったのです。合併後2年ほどは、そのままであまり組織も変わりませんでしたが、その後組織が大きく変わり始め、当然のことながら吸収した会社が主流となり、吸収された会社の社員は、どんどん子会社へ移動させられ、給与も削減されました。いづれ私も移動になる事は目に見えていた為、業績の良い今のうちに早期退職を考えました。

住宅ローン・学費もなくなった

平成6年(35歳)、宮城県住宅供給公社が分譲していた仙台市北部の土地を購入し一戸建てを新築しました。家を新築するきっかけは、子供も2人になり、当時住んでいたアパート(3DK)が手狭になったので、もう少し広い家に移りたいと考えていて、住宅展示場を見に行ったりしていました。それは偶然なのですが、平成5年5月30日(日)、何かの時に車で通り掛かったら、土地分譲の抽選申込受付をしていました。申込期間は5日間と短期間でした。現地案内所には、各分譲区画の申込倍率が張り出されていて、多く分譲されていた土地の坪数は65坪~70坪程度が、ほとんどで、80坪以上が少しありました。ほとんどが倍率が10倍を越えていて、20倍なんていう処もありました。その中で80坪以上の分譲地は倍率が5~6倍と低かったのでした。どうせ当たらないだろうと考えていたので、価格が300万円~400万円も高かったのですが、79.65坪(22186千円)の分譲地に申込みました。10日後の6月9日にイズミティ21で公開抽選会が開催されましたが私が申し込んだ分譲地は倍率が6倍だったのですが、みごと『当選』してしまいました。土地の価格が高過ぎた為、どうするかかなり悩みましたが結局は購入する事に決めました。それからは住宅メーカー選定、間取り、価格の決定、住宅ローンの申込などを3ケ月程度でほとんど決めなければならなかったのでバタバタしましたね。結局、トータル金額は4500万円にもなってしまいました。想定金額よりは500万円~700万円も高くなったので頭金は900万円準備できたのですが、住宅ローン借入額は3600万円にもなってしまいました。今から考えれば無謀な買い物をした思いますね。

 

借入金は会社経由の財形住宅ローン(金利3.0%)、住宅金融公庫(金利3.6%)のふたつで25年ローンを組みました。住宅金融公庫の契約はゆとりローン(ステップローン)というもので、当初の返済額はそんなに多くはないのですが、6年目、11年目からは返済額が大幅に増えるようになっていました。しかし、世の中はバブル後のデフレから脱却できず長期金利益々下落し、ローン返済8年目の平成14年には変動金利ですが、なんと1.0%の借換えローンも出現してきたので、すぐに仙台銀行の金利1.0%住宅ローンに借換えました。これでトータルの返済金額は、だいぶ抑えられました。ただ、平成17年頃には長期金利が少しづつ上昇し始めたので、変動金利から固定金利の住宅ローンに(七十七銀行:2.4%)に借り換えると共に返済期間も3年短縮するローンをしました。この時の返済額は12万円/月ボーナス56万円/回というものでしたが、この時は、収入もそれなりに増えていましたので、なんとか返済もできていました。25年住宅ローンを組んだのですが、途中の借換えで22年に短縮し、早期退職の割増金で全額返済したので、結局19年(54歳)で返済を終えた事になります。人生には分岐点があります。それが良かったのかどうかは後々にならないと分からないのですが、平成5年にちょっと無謀な買い物をしてしまいましたがその後は住宅ローン金利の下落、給与収入の順調な増加があったのでなんとか返済できました。結果的には良かったと思います。子供達2人もひとりは就職し、大学4年でであったのでお金もそれほど掛かりませんでした。

 

割増金として、退職金の他に年収の2年分が支給される

私が勤務していた会社では、数年前から45歳以上の管理職を対象に自立支援一時金制度という割増金を支給する制度がありました。これは、年収の1.5年分割増金として支給するもので、随時申請可能なものになっています。更に毎年、年度末近くになると、自立支援一時金制度の優遇措置が通達されます。これは、割増金が年収の1.5年分⇒2.0年分に増額支給するというキャンペーンのようなものです。この制度では、3月31日までに申請し6月30日までに退職するというものです。ざっくり計算すると、60歳まで勤めた場合の退職金と比較して退職金は若干少なくなりますが、年収2.0年分の割増金を含めるとまた、年収2.0年分の割増金は、退職金控除となる為、税金が軽減される為実際には年収3年分の収入とほぼ同じになるようです。従って54歳で早期退職すると60歳までは6年間ありますが、3年分の収入は既に得ているので、退職後に再就職するとしても、これまでの半分の年収でも収入は変わらないことになります。

まとめ

  • 早期退職後4年経過しましたが、今現在は早期退職して正解だった思います。収入は大幅に減りましたが、飲み代など仕事上で使うお金も減ったので、特に不便なことはありません。
  • 現在は契約社員として警備関連の仕事をしていますが、ストレスもそれほどなく、長時間残業や以前は毎週していた休日出勤もすることもないので健康的な生活ができています。

 

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